目が覚めて、身体のあちこちに痛みが走って、それと比例する包帯の跡を見つけて、いまの自分がどうなっているのかを把握した。どうやら病院に放り込まれたみたいだ。身体に疲労が残っているので、眠り始めてからそんなに時間は経っていないと思うのだけど、どうなんだろう。よっこいしょ、と上半身を起こしたところで背中に全く支障がないことに気付いた。腕や足や、顔や腹部には動かせばそれなりのダメージがあるけれど、背後にはそれがない。上手く守られたものだ。彼と背中合わせになっていた戦闘中のことをぼんやりと思い出した。さすが仕事人。対して私はどうだ。目覚めた場所が病院のベッドの上、という時点で仕事人失格だな、なんて自嘲的に笑った。

「入るぞ」

ガチャリ、とノブを捻る音に首を回すと、団服を脱いで身軽になっていた神田が入ってきた。その身体には所々に大きめの絆創膏がはりつけられてはいるものの、包帯のような大袈裟なものは一切なかった。

「神田、返事ぐらい待とうよ」
「寝てると思ったんだよ」

神田は、ベッドの傍まで来ると椅子も出さずにそのまま布団の上に腰を下ろした。その荒々しい態度はいつものことなのでもう文句をつけることもないけれど、睨むように私を見てくるとなると、話は別である。

「なに、その怖い顔」
「怪我の程度は」
「イタッ」

どうなんだよ、と、布団の上に出ていた腕をバシッと叩かれた。患部に直撃したので、思わず声を上げる。

「痛い馬鹿、私はあんたみたいに早く治らないんだから!」
「知ってるっつの」

だから何だと言わんばかりの態度にむくれていると、「さっさと答えろ」と催促の言葉が飛んできた。

「医者に聞いてよ、私さっき起きたとこだから、何にもわかんない」
「お前のことだからお前に聞いてんだよ。動けんのか動けねぇのか、どっちだ」

神田の言い様にヒヤリ、と嫌な予感がした。

「え、まさかとは思うけど、また任務なの……」
「あぁ。一旦帰るよりこっから直接行った方が早いんだと」
「うわぁコムイってば鬼畜……」

そもそもこの任務だって3つ目だ。まともに戦闘にまで発展したのはこれが2度目だっからそこまで疲れてはいないのだけど、もう1ヶ月ほどホームに帰れていない。次もこのまま任務となれば、また帰る日が遠ざかるけれど、まぁ、仕事だから仕方ない。

「それで、今度はどんなところ?」
「……行くのか?」
「は?……あぁ、動けないほどでもないから、平気」

そういえば、怪我の具合がどうなのかと問われていたんだった。任務に支障があるかどうかを聞きにきたんだろう神田にそう答えるも、彼はどこか不満げに私を見つめている。

「ホントか、それ」

神田の手が私の方へ伸びてきたかと思うと、さらりと私の前髪をすくった。その指が額、頬、首元を辿る。どこも皮膚の上にガーゼや包帯で覆われている箇所を指していたその行動に、彼が何を言いたいのかを理解した。

「……大したことないから、大丈夫だよ」
「倒れたくせによく言う」

医者にどう診断されたのかは知らないが、こうも普通に話せたり身体を動かせるのなら命に関わるほどでもない、恐らく単に疲労からか、戦地の毒気にやられたかで倒れただけという程度なのだろう。包帯の下はただの擦り傷や切り傷であって、重症という二文字とは程遠い。
けれどそんな内面を知る自分とは違って、見てくれは立派に入院患者のそれと大差ないので、神田が私の言葉に疑問を感じるのも頷ける。そもそも一度倒れた人間が言う、大丈夫、という言葉に信憑性がないのはわかっているんだけど、それ以外言い様がないので仕方ない。わかってくれないだろうか、と彼の瞳に直接訴えかける。
神田と対話する際、時と場合により言葉よりも別の手段を用いた方が、本心が伝わりやすいといことがある。ティエドール元帥なんかは言葉巧みに神田を丸め込んでしまうけれど、生憎私はそんな小技を持ち合わせてはいない。結果、彼の野性的な部分に頼ることとなる。「大丈夫」と伝えた言葉に嘘がないことを信用してほしい、と期待を込めて神田の2つの漆黒を見つめ返した。

「………………」

相変わらず気に食わなそうに顔をしかめた神田の手が、表情とは裏腹に、ひどく優しく頬のガーゼを撫でた。彼にしては珍しく素直に心配してくれているようで、不謹慎にも胸の内がくすぐったくなる感覚が生まれる。
神田は普段から冷たい人間だとか人情の欠片もない奴だとか言われているけれど(まぁあながち間違いではないが)、彼が優しさや気遣いを知らない、ということではないのだ。ただそれを発揮する基準が人と異なるだけで。アレン・ウォーカーのような、人にもAKUMAにも救済の手を差し伸べるあの博愛精神が最大値だとすれば、神田のそれは最低値に近い。ただゼロではないことは確かだと言える。
しっかりと刻み込まれた眉間の皺に、細められた瞳。その軌跡は、起こしてある上半身の目につく手当ての跡をやや観察してからもう一度頭部に戻ってきた。

「もし動けないくせに平気とか抜かしやがったら、お前のケガ増やしてここに置いていこうかと思ったけど」
「うっわ、それは勘弁して……」

痛いのは嫌、と思わず本音がこぼれる私の頭を、神田がぐしゃり、と乱暴に撫で付けた。その扱いが彼の答えだった。

「明日出発な」
「え?」

てっきりすぐにでも任務地に向かうものだと思っていた私は、知らされたスケジュールに戸惑いを隠せなかった。

「大して急ぐような内容でもねぇからな」
「……でも、神田は暇でしょ?」

私はこの1日という猶予を、ベッドの上で休養するために使えるけれど、安息の必要もない神田にとっては実に手持ち無沙汰な24時間だ。だったらさっさと任務を終えて、教団に戻りたいだろうに。

「私に合わせなくてもいいのに」
「合わせてねぇよ」
「早く帰って蕎麦食べたいくせに」
「黙って寝ろ、怪我人」

力強く肩口を押されて、私の上半身はそのままばふっとベッドに沈む。少し覗き込むように神田の顔が傾けられて、これ以上文句を言うな、と強く睨まれてしまった。相変わらず不器用というか、なんというか。いつも同じ隠し方だから解ってしまう。

「そんな怖い顔して誤魔化さなくてもいいのに」
「今ここでお前の怪我を悪化させてもいいんだけどな」
「寝ます!はい!おやすみなさい!」
「……ったく」

実力行使に来られたら困る、と白旗を上げれば、呆れた様子のため息と共に、バサッと雑に掛けられた毛布で私の視界が真っ暗になる。それでも感じ取れる、布切れ一枚の向こう側の彼が、まだ動こうとしていないこと。

「……こんなんでへばってんじゃねえよ、貧弱女」
「悪かったわね、体力なくて」
「寝ろよ馬鹿」

そんなすぐに眠りにつけるわけがないのに、まるで聞こえた私が悪いみたい言い方をするものだから、素直じゃない。

「……心配かけてごめんね」
「……わかってんならもっと鍛えやがれ」



満足しているふりをする

20131116.