「……じゃあ、仲間を見捨てるの?」

とても性格の悪い質問だと思った。けれど聞かずにはいられなかった。
ブックマンという一族は、常に傍観者として生きているらしい。世界中の、いろんな物事を記録して、それを生業としている。何が楽しいのかよくわからないけれど、誇りを持っているらしい。誰も知らない、誰にも言えないかもしれない秘密を抱えて生きていくなんて私にとっては辛いことだと思った。けれど目の前の少年は、いつも楽しそうに笑っていた。神田を名前で呼んで六幻で切りかかられても、アレンに年上として敬われていなくても、ラビはいつも笑っていた。嬉しいときに笑うのは構わないけれど、その笑顔の多さは少し苦手だった。だから、こんな意地の悪い質問を投げかけてしまうのかもしれない。
ブックマンは常に傍観者だという。敵でもなく、味方でもない。ならば、いざというときには、袂を別つことになるのだろう。今は黒の教団の中で、一緒にご飯を食べる仲だとしても、ブックマンとしての役割を果たすべき時には、さよならを告げることもあるんだろう。

「なのに今、こんなに仲良くしてるんだ」
「……
「いつかは見捨てるくせに、へらへら笑ってるんだ」

ブックマンとして働くだけなら、神田のように、誰とも慣れ合わず、常に一匹狼でいればいいのに、どうしてそれを選ばないんだろう。今までどんな環境にいたのかは知らないけれど、ここは、黒の教団は、イノセンスの適合者であれば有無を言わずに居場所が用意される。衣食住も備わっている。もっといえば、周囲からの信頼さえもたやすく手に入るのだ。そこに笑顔はなくても。なのにどうして彼は笑っているのだろう。なんだか無性にいらいらした。自分の気持ちがよくわからなかった。ラビのことは嫌いじゃないのに。初めはへらへらしていて、妙に馴れ馴れしく関わってくるから苦手だったけれど、今は違う。

「……俺、まだブックマンとしては未熟者さ」

知ってるよ。だからジュニア、っていうマークがついているんでしょう。

「本当の名前はとうに捨てたし、ラビも49番目の名前だし、これも、」

ツン、と黒光りする団服を摘まんだ。その横顔が、少し切なそうに見えたのは気のせいだと思いたい。

「きっと、俺に似合ってない」
「ジョニーが腕によりをかけて作ってるのに」
「うん、でもこれが似合うのはリナリーとか、アレンとか……の方さな」

エクソシストはあくまでも記録するために成ったにすぎない、と言いたいのだろうか。団服は、純粋なエクソシストにしか似合わない、本質がブックマンである己には似合わないとでも。

「服も、名前も、立場も、仮のものでしかねぇんだけどな」

私を振り返ったラビがまた、いつものようにへらり、と笑った。

「お前にそういうこと言われると、ちくっとするんさ」

ココ、と叩いたところには、教団の象徴である十字架の銀飾りがある。エクソシストは、この十字に命を捧げている。

「ここは嘘つけねぇところだろ?」

ブックマンになるために、彼は生まれながらの名前を捨て、帰る場所を捨てた。それでもまだ捨てられないところが痛いと、ラビが笑う。彼が纏う何もかもは偽物だけど、たったひとしかないところは、嘘をつけない。

「そんなこと言ってたら、いつまでもジュニアのままじゃないの」
「そうかもな……ダメな奴さぁ、俺は」

ずっとダメな奴でいればいい、なんて言いそうになった。困ったように笑うラビに切なさを感じていたのは、私の方だったのか、と今さら気付く。彼がいつか私たちに背を向けるかもしれない、そんな未来に胸が痛むのは、私の方。
出会ったときに感じた印象のままでいられたら良かったのに。ラビの良いところなんて見つけられないままで良かったのに。全部全部、ジュニアのせいだ。

「そんな顔すんなって」
「……元々こういう顔」
「いや、俺がさせたんさ」

だから俺が元に戻してやる、そう言ってラビは私の頬を容赦なく引き伸ばした。

「いひゃい」
「俺の心を抉った罰さ」
「……いひゃいよ」
「俺はもっと痛かったさ」

バカ、と、私を罵ったラビは、少し困った顔をしていた。



愛しい背中に触れるとき

20131106.
title by kyukei