hpパロのお話になります
導入的なお話なのでヤマナシオチナシ
なんでも許せる方だけどうぞ

ちょっとした設定
鷲寮:女の子,森山くん,笠松くん
獅子寮:宮地くん
穴熊寮:福井くん
蛇寮:今吉くん(関東人の書く関西弁をしゃべります)
◇女の子は蛇寮の今吉くんと仲が悪い
◇みんな7年生




November 4th
At morning
ほんの少し、足元で何かにくすぐられるような感覚に目が覚めた。もぞもぞ、と動く何かは不快なものではなくて、目を開けて確認しようと思うよりも意識でそれを探る。ふさふさと皮膚を撫でる細い毛、布団からはみ出した素足にすり寄る生暖かい体温。生き物、動物、ペット、猫、と連鎖的に頭のなかで答えが出て、私はようやく体を起こし、瞼を持ち上げて足元の犯人を見た。ところどころの茶ぶち以外は真っ白な体を丸めて、足元でくつろいでいる猫がいた。見覚えのある模様に、思わず「ミケ?」と問いかけていた。ニャ、ともミャ、とも言いがたい返事がその猫からもれた。
ミケは同寮の男子の愛猫である。もちろん飼い主がこの女子寮に入ることはできないが、ペットは別なので、しばしばこの部屋を出入りしている。ベッドに入り込んできたことも一度や二度ではないので、私は特に咎める気も起きず、もう一度布団に戻ろうとした。昨日のクィディッチの試合の疲れがまだぼんやりと肩に残っているような気がしてならない。
しかし、もぞもぞと足元で主張するミケの存在が、眠気よりもくすぐったさを連れてくる。決して派手に暴れて私の睡眠を妨げる訳ではないが、自分を無視してもう一度寝ようとするのは許さない、なんて言いたそうにするものだから、私は諦めてミケをひょいと持ち上げた。

「もしかして、お前のご主人様が私を呼んでたりするの?」

ミャア、と短く鳴いたミケの返事を肯定と取るべきか、否定と取るべきか、私はしばし悩んだ。昔から動物は苦手だ。手紙の配達を頼むふくろう以外は、思うように意志疎通を図れた試しがなくて、一昨年の飼育学のOWLもギリギリで及第したくらいだ。
過ぎたるは及ばざるがごとし、私はミケを連れて談話室へ降りていくことにした。せっかくの日曜日ではあるが、二度寝は取り止め、いつも通りきちんと朝ご飯を食べに大広間へ行こう、と寝巻きから着替えて、足下にミケを携えて部屋を出た。

とっくに火のついている談話室は、とても十一月の朝とは思えない暖かさに包まれていた。寝室よりもぬくい温度にミケも元気が出たのか、談話室に着くなり駆けるようにして私のそばを離れ、暖炉近くのソファへひょいと乗り上げた。

「お? おお、来た来た、おはよう」
「おはよ、森山」

飼い猫の到着に、ご主人様はすぐに気が付いて、そして私を振り返った。まだ顔の近くで眠気がぼんやり漂っている私とは対照的に、森山はとっくに目が覚めているようだ。

「ミケに起こさせた?私のこと」
「いや、誰かしら起こしてきてくれないか、って頼んだ。朝飯行きたいのに、ほら、誰も起きてこないからさ」

ほら、と森山が指した談話室の中には勿論既に起きて仲間と歓談している寮生もいる。けれど彼が言いたいのは、連れ立って食事に行けるような、年の近い連中がいない、という意味なのだろう。見たところ、ここにいるほとんどが入学して数年しか経っていない学生ばかりだった。

「森山は早く寝ちゃったけど、昨日の祝勝会も遅くまで騒いでたからねぇ」
「やっぱりか」

寮対抗クィディッチ杯の初戦をめでたく勝利で納めた我がレイブンクローは、昨夜喜びでお祭り騒ぎだったのだ。夕食のあと、談話室で繰り広げられる祝勝パーティーがある時は、ほとんどの寮生が参加するが、やはり一年生や二年生から先に寝室へと落ちていく。今朝の談話室に後輩が多いのは、そういう理由からなのだろう。
森山も大方予想がついていたのか、指先でミケの相手をしながら苦笑していた。そして、なんとなく私も悟る。森山は、ミケに誰かしら起こすように頼んだだけでなく、無理には起こさないようにとも注文したに違いない。日曜日の朝に相応しい森山の優しさに、私は些か残っていた眠気も失せていた。

「さ、ご飯行こう、森山」

お腹空いてるんでしょ、と肩を叩くと、おう、と元気な返事が返ってくる。

「じゃあな。ご苦労さん、ミケ」
「ニャ」

立ち上がりながら仕上げにひと撫で、と森山がミケの頭を撫でると、心地良さそうに喉を鳴らした。

「ねぇ、あれはイエスってこと?」
「いや、ご褒美忘れるなよって念押ししてきてる」

肖像画の出口を抜けながら聞いてみるも、予想以上に複雑な意志疎通に、私にはやっぱり無理だ、と音を上げた。


日曜日の朝の大広間は、いつもより閑散としていた。四つのテーブルにぱらぱらと人がいる程度で、平日のように寮できっちり別れて食事をしている様子もない。週末は朝ご飯の時間も少し幅広く設定されているせいか、朝をゆっくり過ごす生徒も多かった。
手近に空いている席に森山と並んで座り、自分のお皿に食事を取り分ける間、私たちは専ら昨日の試合のこと、森山が寝てしまった後の打ち上げのことばかりを話していた。勝利の余韻は一夜明けても私たちの中に居座り続けていた。私も森山もほとんど笑みを絶やすことなく会話し続けていたせいか、その明るさにつられたようにテーブルへ近づいてきた人間に、ついぞ気が付かなかった。

「朝から楽しそうだなお前ら? さすが初戦を大差で突破したチームはテンションが違うってか、なあ福井」
「オイ、わざと傷抉ってくんな」

私たちの向かい側に現れるなり、そんな軽口を叩きながら席に着いたのは、グリフィンドールの宮地と、ハッフルパフの福井だった。二人はお互いに、そして私たちとも寮は違えど、七年間同じ城で生活していれば知らないはずもなく、おまけに私たち四人は同業者──クィディッチチームの寮代表選手でもあった。ただの同級生以上に、いろんな意味で切磋琢磨しあってきたせいか、今では友人に等しい。

「宮地に福井、おはよ」
「なんで二人で?」

二人が揃って私たちの向かいの席で朝食を食べ始める中、森山が私も疑問に思ったことを尋ねると、宮地が「そこで会った」と大広間の入口を指し、にやりと笑いながら続けた。

「昨日のダメージのせいか、入りにくそうにしてたから、連れてきてやったんだよ」
「ちげーよ!ちょっと靴紐結ぶのに止まってただけだっつの」

ロールパンを千切りながら福井が怒ったように反論するも、宮地はさらりと無視してジャムのセレクトに勤しむ振りをしていた。「宮地の奴、先学期の決勝戦で負けたのまだ根に持ってるな」と苦笑しながら森山が耳打ちしてきた。なるほど、それでとことんからかうスタンスなのか、と納得する。
元気有り余って怒りの方にエネルギーが使われている様子の福井からは察しにくいが、これでも昨日、私たちレイブンクローのチームと福井のハッフルパフのチームはクィディッチピッチで激突し、結果、私たちが大差をつけて勝利した──つまり福井にとっては大敗を喫した翌朝なのである。元より彼はそんなにぐずぐずと引きずるような性格でもないので明るく見えるが、敗戦は敗戦、傷は傷。ダメージは少なからずあるらしい。靴紐が、なんて本当なんだか嘘なんだか微妙な言い訳に私も森山も何も言わずにいると、何を誤解したか「そこの二人、何が言いたい」と怒りの矛先を向けてきた。

「いやいやなんでも。まあ、終わった試合をいつまでも嘆いてもしょうがないぞ、福井。次だ次」
「そうそう。まだ一敗なんだし、優勝の望みは消えてないよ」
「ったりめぇだ、諦めてたまるかよ。最後なんだから」

福井が最後にぼそりと付け足した一言に、私も、そして多分、他の二人もちょっとだけ心揺らされたようだった。私たちはみんなホグワーツ七年目、どうあがいても寮のクイディッチチームでプレイできるのは今年が最後なのだ。できることなら有終の美を飾りたい、それはここにいる全員が思っていることである。
初戦突破という幸先良いスタートを切れた私たちだけど、総当たりのリーグ戦では一度負けたくらいじゃ優勝レースから消えてくれないことは、ここ何年もの経験でとくと身に染みている。初戦で勝ったはずの相手に優勝杯を奪われた、なんて話はよくあることだ。油断大敵、と私も気を引き締めるように厚切りベーコンの欠片を口に放り込んだ。

「グリフィンドールとスリザリンは来週だよな……仕上がりはどうなんだ?宮地」

自分たちの話はここまで、とばかりに森山が話題を次の試合に移した。第一戦のもうひとつ、獅子寮と蛇寮の試合はすぐそこに迫ってきていた。

「万全、って言いたいところだが……この間高尾が授業でやらかしたらしくてさぁ、調子悪いんだと」
「鷹の目どうかしたのか?」
「薬草学で、なんだったかな……詳しくはわからん。だがキレがない」
「えっ、ちょっと!スリザリンに負けないでよ!?」
「お前の私情の挟みっぷりは相変わらずだな、
「うるさい甘党」

ほくほくのトーストにこれでもかというほど蜂蜜をかけていた福井に、べーっと舌を出した。行儀が悪いぞ、と森山にたしなめられたけれど気にする余裕は私にはなかった。それよりも、と真向かいに座る宮地に向き直る。

「ねぇ、お願いだから負けないでよ宮地。私、あの男が初戦から勝って調子に乗ってるところだけは見たくない」
「自分のことは棚に上げといてよぉ言うわ」

嫌な予感がした。聞こえた声は少し離れていたけれど、その声の主が誰かということは、誤解しようがないくらいはっきりしていた。しっかりと一人の人間が私たちの食事をしているテーブルに近づく音がして、向かいの宮地も福井も顔を上げた。隣の森山も半身捻る様にして近づいてくる人物を振り返っていた。私だけが食事をする手を止めなかった。

「おはようさん。みんな勢揃いで楽しそうやな、ワシも入れてくれへん?」
「あと一分以上ここに居続けたら呪いをかけるけど、それでもいいなら食べてけば」
「なんや、せっかく昨日の試合のこと、おめでとうて言いに来たんに、つれない奴やな」
「あんたに祝われたってなんにも嬉しくない」
「よう知っとるよ。せやから言うんやろ」

ただでさえ話しかけられただけでイライラし始めていたのに、これ以上苛立ちたくなくて、せめてもの策で相手の顔を見ないで話そうと心がけているのに、声色ひとつであの憎たらしい顔がどんな表情で私をからかっているのか、手に取るようにわかってしまって。どうにもこうにも、こいつをここから追っ払わなくては食事も喉を通らない、と思い直した私は椅子から立ち上がって男へと振り返った。
これ以上ないくらい、不機嫌さを前面に出している私を見ても、目の前の男──今吉は、いつも通りの胡散臭い笑顔を張り付けて私を見下ろしていた。

「開幕戦の勝利おめでとうさん。昨日の試合もよう活躍してたなぁ、幼馴染として鼻が高いわ」
「あんたとそんな関係になったことなんて、一度もない」
「照れんでもええやん、ワシとの仲やろ」
「二度と名前で呼ばないでって言ったでしょ!」

思わずカッとなってポケットの杖に手が伸びそうになったところだった。私が少し大きな声を出してしまったことに、座っていた森山が「!」と諌めるような声を上げたのとほとんど同時に、私の腕を誰かがしっかりと制した。思わず振り返ると、やや呆れたような顔をした笠松が、私のすぐ傍に立っていた。彼が近づいたことすら気がつかないほどに気が立っていたと悟った私は、一瞬恥ずかしくなって、言葉が出なかった。

「うちのビーターに何か用か? 今吉」
「ただの世間話やって、そない怖い顔せんといてな」
「世間話にしては注目を浴びすぎてると思うがな」

なんでもないようにそう指摘した笠松の言葉に、私はちらりと辺りを観察した。主に私が声を荒げたことが原因だろうけれど、ちらちらとこちらを盗み見る視線をいくつか見つけた。それに今吉も気付いたようで、「せやなぁ」とのんびり頷いていた。

「こんなんやったら積もる話もできそうにないわ。ほな、また今度な、

ひらひらと余裕綽々と手を振ってから去っていった今吉の背中に向かって、私は呪いをかけてやりたい衝動と戦っていた。けれど、パシッと軽く頭をはたかれて、傍に誰がいるのかを思い出した。

「阿呆。簡単に挑発にのってんじゃねえよ」

呆れたような、怒ったような笠松にそう諭されて、私は体を小さくせざるを得なかった。「ごめん」と小さな声で謝ると、了承の返事を寄越す代わりに今度はやや優しく私の頭をぽん、とひと撫でして、笠松は空いていた私の隣の席に腰を下ろした。

「ったく、お前も相変わらずだな……放っておけばいいものを」
「笠松があとちょっと来るのが遅かったら、せっかくの日曜日を台無しにしてたな」

私が笠松に続いて席に戻るなり、宮地と福井がちょっと顔をしかめて、それでも然程私を責めるような素振りは見せずに、そう言った。私が今吉に突っかかるのは一度や二度のことでもないので、二人が驚くどころか口酸っぱくお説教まがいのことを始めるのも慣れたことだ。

「あの性悪メガネに絡まれずに済むなら、日曜日が潰れるなんて安いもんよ」
「イライラするなよ、折角の勝利の翌日だぞ……ほら、カルシウム摂れ」

森山が私のお皿にチーズやらフルーツを盛り付け、少なくなっていたゴブレットの中へ牛乳を継ぎ足してくる。苛ついていたのは事実だったけれど、あの男が目の前からいなくなったというだけで、それはやや収まりつつあった。仕上げは、ここまで黙っていた笠松だ。

「気に入らないなら次の試合でボコボコにしてやれ。お前の得意分野だろ」
「オッケー、そうする」

親愛なるキャプテンからそんなお墨付きが出たことで、私の機嫌はやや回復し、明るく返答した。森山もそんな私の態度の変化に満足したのか、自分の食事の続きに向き直った。

「……おい、ビーターはブラッジャーを殴るポジションであって、選手を殴るポジションじゃないぞ」

けれど、私と笠松の会話に何か不穏なものを感じ取ったのか、福井が馬鹿丁寧にそう諭してきた。「わかってます」と言い返しても、半目で私を睨んでくる──全く信用してない顔だった。

「そりゃ直接は殴らないってば。でも間接的には同じことじゃない? ブラッジャーを通して選手を妨害するのが私の仕事だもん」
「……おい笠松、お前のところのビーターの凶暴性はどうなってんだ」
「今に始まったことじゃねぇ」
「あら、女の子に向かって酷い言い様! でも許してあげるから代わりに蜂蜜、それ、取って? 甘党くん」

肩をすくめて我関せず、を決め込む笠松に、福井は何か言いたげな顔をしていたが、私の催促する手に渋々ながら蜂蜜の入った小瓶を自分のお皿の傍から持ち上げた。

「ありが──」

しかし、そのまま私に手渡す、その寸前で、福井が動きを止めた。ややひきつった笑顔で、一言一言を私に言い聞かせるような言い方で、「オ、レ、は、」と切り出したので、私は催促する手を止めた。

「別にどこかの女の子みたいに名前で呼ばれたってキレたりしないけど?」

暗にきちんと名前を呼べ、さもなくば蜂蜜は渡さんとばかりに福井が目を光らせている。チーズにほんのすこしの蜂蜜をつけて食べる楽しみを奪われそうになってしまったので、私は仕方なく白旗をあげた。

「……どうもありがとう、健介くん」

癪だったので、小さな悪あがきに福井を真似て一音ずつしっかりと名前を呼んで返事をすれば、黙って成り行きを楽しんでいた宮地がとうとう堪えられない、とばかりに盛大に吹き出した。

「揚げ足取られてやんの、
「いい、これから彼女の前だって何だって、健介くんって呼んでやる。せいぜい誤解を生めばいい」
「ムダムダ、俺こないだ別れたし」
「えっ、マジかよ」
「どーして!?」

それから、一番遅くに食事に来た笠松が食べ終わるまでの間、彼以外の四人は、福井がいかにして彼女と破局したかを延々と話し続けた。なにげなく呟いた福井だったけれど、その情報は誰も知らなかった爆弾発言だったので、あっという間にみんなに詰め寄られて説明せざるを得なくなったのだ。彼の話からすると、どうやら彼女にフラれた線が濃厚だったが、そこまで入れ込んでいなかったせいか、大して傷ついた様子も見せなかった。正直、昨日の試合に負けた後の彼の方がよっぽどへこんでいるように見えたくらいだ。

「よしよし、可哀想に、今度のホグズミードではお前の慰めパーティーでも開いてやろう」
「いらねっつの」

笠松が食事を終えたのを合図に、私たちは席を立って大広間の出口へとゆるりと向かっていった。話しづらいからと、行儀悪くもテーブルを飛び越えて私や笠松の方へとやってきた福井を、森山がまるで同士を迎えようとばかりに肩に腕を回して、あまり心のこもってなさそうな慰めを口にしている。

「福井は森山と違ってモテるから、次のホグズミードは新しい女とデートしてるかもな」
「言えてる」

宮地の言葉に、珍しく笠松も賛同して森山をからかうものだから、森山はややショックを受けたように私に助けを求めてきた。
けれど、私は咄嗟に彼をフォローする言葉を見つけられなかった。だって事実なのだ。福井も森山も、比較的かっこいい男子という部類に入る点では同じスタートラインに立っているのだけど、女の子の扱いに関しては、福井は何枚も上手で、そのせいか彼に熱を上げる女子はかなりの数がいる。対して森山は、女の子を大切にする彼の紳士さがたまに恥ずかしいくらいオーバーに発揮されるので、その外見や優しさに魅了される女子がいる反面、どん引いて去っていってしまう女子も少なからずいた。

「あー、私は、とっかえひっかえな男より、森山みたいな一途なタイプのがいいと思う、うん」
「おい、人聞き悪いこと言うなよ。別にとっかえひっかえしてねえぞ」
「事実じゃない? 福井のこれまでの彼女集めたら寮のテーブルがひとつ埋まるでしょ」
「埋まるかよ!」
「少なくとも教職員テーブルは埋まるな」

私の冗談を拾って、宮地がけらけらと笑いながら、上座のやや短いテーブルを指して言った。フン、と鼻息荒く一蹴した福井は、何とでも言えとばかりに腕を組んで集団の先頭を歩き始めた。
いつもは、怒るといえば宮地の専売特許な面があるのだが、今日に限ってはその立場が逆転していた。行儀良く、テーブルの切れ目で福井たちに近づいた宮地が、森山と一緒になって今しがた自分がからかったばかりの友人と再び顔を近づけて談笑し始める。その様子を、私は笠松と並んで数歩後ろから追いかけていた。

「そういや、次のホグズミードって、もう掲示でてたか?」
「ううん、未だだったと思うけど。でもいつもと同じなら、もうちょっと先じゃない?」
「そうか……そうだったな」

今月は待ちに待ったクィディッチシーズンの到来ということもあって、開幕戦ばかりに気を取られていたけれど、それも終われば秋の色も一気に失せて、あっという間に十二月、クリスマスの季節だ。この時期ホグズミード行きの掲示が出ると、プレゼントやらパーティーやらに備える学生たちがこぞって街へ繰り出すのが常だった。

「なに、笠松、デートに誘いたい女の子でもいるの?」
「はぁ!? バッカ、そんなんじゃねぇ!」
「あはは、冗談よ冗談」

笠松は女の子のことになると面白いくらいに初になる。クィディッチの試合のときはどんな瞬間でさえその動揺を見せないのに、こと恋愛の話題になると、びっくりするぐらい隙だらけになるのだ。そのギャップが一部の女子から大人気ということは、本人以外にはよく知られていることであるが。
入学した当初は写真の女の子すら直視できないくらいで、生身の女の子なんか言わずもがな、ろくに会話してるところは見たことなかったぞ、と森山が昔話してくれた。今では、知り合いの女子はやや会話が続くようになり、告白してくる初対面の女子にも、なんとか顔を見て断れるようになったのだから、大した進歩である。
そんなところで満足してないでもっと先のステップに──つまり女の子とのお付き合いだとかそういうところへ──進むべきだと、福井たちには豪語されているらしいけど、今のところ笠松がどこの誰かとデートしたとか、付き合ったとか、そういうゴシップは聞いたことがなかった。クィディッチチームの選手をしていると、一般の生徒よりその手の話は注目されがちで、良くも悪くも広まりやすいのだ。
少しすると、寮に戻るという福井が一足早く私たちから離脱した。足並みを揃えるように下がって私と笠松の両脇に並んだ宮地と森山は、どうやらホグズミード行きのその先、クリスマスのことで盛り上がっていたらしく、話題を途切れさせることなく私たちを巻き込んできた。

「おい、お前らにも来てるだろ? スラグ・クラブのクリスマスパーティーの招待」

宮地のいうスラグ・クラブとは、魔法薬学の教授、スラグホーンが気に入った生徒を集めて開く食事会のことで、今学期も既に何度か開催されている。それが今度は、時期と合わせて小さな食事会からクリスマスパーティーに拡大する、というわけだ。その招待を、つい先日私も笠松も、それから森山も、ふくろう便で受け取ったばかりだ。けれどそれを伝えるよりも早く、事情を知っていた森山がにやっと笑って勝手に答えた。

「旧家のお嬢様に将来プロ有望視されてる代表選手が招待されない訳がないだろ」
「おっと、これは失礼」

それを聞いた宮地も、悪乗りするように恭しく頭を下げてきた。家のことをからかわれたところで今更キレたりしないけれど、どうやったってあの男を連想させるから好きじゃなかった。私が思わずムッと顔をしかめてしまった瞬間を見た笠松が、「顔、顔」と宥めてきた。それから宮地に向かって「確かに来たけどよ、」と続けた。

「俺は別に行く気ねぇし……もどうせ、休暇は実家に帰るんだろ?」
「ん。多分ね」

生まれた家がたまたま歴史があって上流階級を気取った家柄だったばかりに、そして私が一人娘だったばっかりに、何かパーティーがあれば必ず顔を出さなければならなかった。そしてクリスマスには毎年のように、古くから交流のある家々が集まるパーティーがあった。だから入学してからも毎年、クリスマス休暇は帰省していた。
スラグ・クラブの通常の食事会には参加したことがあったので、そのクリスマスパーティーも、スラグホーンの長ったらしい自慢話を聞かされる羽目になることや半ば無理矢理に他寮の生徒と交流させられるだろうことは簡単に予想できた。
正直、心の底から行きたいという訳でもなかったけれど、帰省して、年上ばかりの毎年代わり映えのない面子が集う堅苦しいパーティーに行くよりはきっとマシだろうと思う。だけど私の予定はもうとっくに、強いて言うなら生まれたときから決まっていたようなものなので、変えようがなかった。

「おい冗談だろ? 今年で学生最後のクリスマスなのに!」

笠松と私の答えを聞いた宮地は、それまでふざけていた空気を一変させて、信じられない、と目を大きくして私たちを見た。

「まぁ笠松の反応は予想通りだったけど……でも、も? 帰らないとダメなのか?」
「うん、多分許してくれない」

宮地よりはいささか想定内の反応だったらしい森山が、苦笑しながら私に聞いてきた。その問いに、私もやや諦め気味に頷いた。
出来ることなら休暇も学校に残れたら良かったのだけど、今までどんなに希望を伝えたところで、両親の答えは帰ってこい、の一点張りだった。五年生のとき、建前でOWL試験の勉強のために残りたいと言ったときでさえ認められなかったので、NEWT試験のこととか、最後の学校生活とか、他のどんな理由を持ち出しても叶わないだろうことは明白だった。
残念だ、と宮地が口惜しそうに呟いたので振り向くと、ぽすっと両手をポケットに突っ込んでやや肩を落とし気味に歩いていた。

「今年こそ、美女と噂に聞くお嬢様の着飾った姿が見られると思ったのに」
「……ほんと、ちょっと、マジでやめて」

またそうやってからかう、と私が目を細めると、宮地はにやっと笑った。でも、その笑顔はあまり嫌味なものではなかった。

「いや、半分冗談だけど、惜しいのもホント。今吉が綺麗だってよく言ってたから」
「な、」
「写真でも見せろよって言ってんのに、全然見せてくれねぇんだよな」

何言ってんの、と目の前の宮地にも、そして余計なことを言いふらしているらしい今吉にも突っ込みたかったのに、動揺と恥ずかしさで二の句が告げなかった。しかも、反対側で話を聞いていた森山と笠松も一緒になって「俺も聞いたなぁ」「うぜぇくらい聞いた」とぼやくものだから、私は穴に入りたくなった。

「もー、何聞いたかしらないけど!あの男の言うこと全部嘘だから!一から十まで嘘しか言わない男なんだから信用しないで!」
「わかってるわかってる、だから俺はプロム楽しみにしてるよ」
「別に楽しみにしないでいい……」

きっとそれすらあの男の思うつぼなのだということを、いくら説明したところで仕方のないことだった。ハードルを上げるような適当なことを並べて、いざ見たら大したことのない私の姿を見せてガッカリさせようとか、その反応に私がへこめばいいとか、そういう魂胆に違いないのに。半ば偏見の入った私の言葉を、人を見る目がきちんとあるこの三人が全部聞き入れてくれるはずもないことは、よくわかっているばっかりに、悔しい。

「──あ、それじゃあ俺はこっちだから。またな」

グリフィンドール寮のある東の塔へと続く分かれ道で、宮地が私たち三人に向かってそう言った。じゃあね、と私たちが別れを告げる中、宮地は寮へと続く階段を上っていく。それから、レイブンクロー寮に続く階段に向かって、まず笠松が進み出した。私もそれに続いた。最後まで宮地の後ろ姿を眺めていた森山は、私の後に上り始めたけれど、すぐに二、三段駆け上がり、私の隣に追いついた。その時、横から何か物言いたげな視線を感じたので、「どうかした?」と尋ねてみると、森山はちょっとだけ肩を竦めてみせた。

「半分冗談で、半分本気、だってさ?」
「それがどうかした?」
「お前、どうも思わないのかなーと思って」

どう思うも何も、ただからかわれただけだと思うのだけど。そう答えるも、森山はやや芝居がかったように「いやいやいや」と大袈裟に首を振った。

「俺は前からちょーっと怪しいと思ってたぞ。お前と宮地。特に宮地」
「森山……恋愛で自分の直感が正しかったことある? 一度もないでしょ?」
「いや、これは直感っていうか、長年の経験っていうかだな……」
「余計信用できないじゃない」

そう指摘すると、森山はちょっとばかりご機嫌を損ねたようだった。しかし事実である。毎年のように運命の女の子に出会った、なんてはしゃいでは玉砕している男の直感と経験の、どこを信じろというのか。と、ここまで言うと本気でへこんでしまいそうなので言わないけれど。

「なにが怪しいのか知りませんけど、私と宮地は全然そういう関係じゃありません。ただの友達、オトモダチ」
「ふーん……」
「あんまりうるさいとこないだ言ってた魔法薬学のレポート手伝ってあげないよ」

まだ何か言いたそうな気配を漂わせていたので私は森山が黙らざるを得ないカードを切ってシャットアウトしてやった。案の定、きっと口を真一文字に引き結んだ。まるでもう余計な詮索は一切しませんと誓うように──と、一瞬そう見えたのだが、何か思い出したように口を開いて。

「──あるぞ」
「は?」
「あるぞ、俺の直感が正しかったこと」

そんなことあったっけ、と私が眉を寄せると、森山は得意気な笑みを浮かべて、ちらりと笠松の方を見た。彼は一足早く寮への入り口にたどり着き、扉からの謎かけに取り組み始めている。その謎に正しい答えを提示しなければ扉が開かない仕組みなのだ。その姿をちらりと見たあと、森山は声を落として私に囁いた。

「お前の初恋が誰だったか、当てただろ」
「……!」
「俺、お前のことはわかっちゃうんだなぁ、これが」

偶然だとか、あの頃からずっと一緒につるんでいるからだとか、考えれば要因はいくらでも挙げられたけれど、結局は森山だから、という答えに行き着くだけだった。悔しいような、でもそれも納得しちゃうような、心が妙にくすぐられるようだった。自分の恋愛はめっぽう下手くそなくせに、たまに人に対しては鋭いのはどうしてなんだか。

「私のことがわかるなら、あと四十センチ足りないって言ってた魔法薬のレポート、何書けば良いかくらい簡単にわかるわよね?」
「あっ、待て、」
「ご自慢の直感と経験で頑張ってくださいマセ」
「それはマジで助けてくれないとヤバイやつなんだって!」
「おい、うるせえぞ。今答え考えてんだから……」
「笠松、私も手伝うよ」
「俺のことも後で手伝ってよ!? !」

Fleeting

8th,July,2019