「ああいた、赤司くん」

夕日が差し込む静かな教室に、彼はいた。暖房がついているとはいえこの時期は冷え込む。机の上で何やら考え込むように頬杖をついている後輩の姿を入り口から見つけて、声をかければすぐに反応してくれた。

「何か用だったか」

窓際に座る彼に近づけば、そこには将棋盤と、あちこちに並べられた駒。知識のない私にはその進行状況はさっぱりだったが、彼が1人でこれを楽しんでいるのだけはわかった。

「……将棋って1人でやってて楽しいの?」
「楽しめるよ」

何も知らない私に、彼は小さく口端を持ち上げるとひとつ駒を動かした。

「1人でも、2人でも」
「ふうん……そういうものなのね」

テレビか何かで見た記憶によれば、将棋はじっくりと考え込んでから自分の一手を動かすようなゲームで、バスケのようなタイムリーなスポーツとは正反対だ。バスケにおいては一瞬の判断が要求される。迅速で、かつ正確な。
私こんなのすぐに飽きちゃいそうだな。だめかも。集中力なんてすぐに逃げていかれてしまうような人間だし。

「でも、こちらにきてからはあまり対戦相手が見つからない。そこはつまらないかもしれないな」
「私には向いてないから、期待しないでね。相手役」

手にしていた数枚の書類でさっと顔を隠した。紙の向こうでクスリ、と赤司くんが笑みをこぼすのが耳に届いた。
きっと玲央とかの方が向いてると思う、こういうの。私には到底。

「それで、この紙は?」
「あ、そうだ」

遮っていた書類を私から丁寧に奪うと、静かに黙読して、「候補校か」と表題を読み上げた。ウィンターカップ前のアップを兼ねた練習試合を組みたい、赤司くんがそう言ったので、私はそこそこのレベルの学校をいくつかリストアップしてきた。府内も、府外でも、こちらが声をかければ反応しない高校はないだろう。それほどのレベルを誇る洛山高校は、今年、新たなキャプテンを受け入れた。赤司征十郎。私のひとつ下、1年生。

「相変わらず仕事が早いな、は」
「ありがとう」

こうして名前を呼ばれるのにもようやく慣れてきた。去年から玲央たちに散々呼ばれてきたけど、初めは年下に呼ばれるなんて慣れなかった。でも彼は周りの高校一年生よりも随分と落ち着いていて、大人びていて、それこそ小太郎より若いなんて言われなきゃわからないくらい。パラパラとリストアップされた学校を眺める彼の向かいの席に腰をおろして、私はじっくりと赤司くんを観察した。珍しい赤い髪が、夕陽のオレンジ色と重なって艶やかに光る。うらやましいキューティクルだこと。

「二つは呼べると言ってたな、確か」
「ああ、うん。監督が頑張れば三つもいけるよ」
「そうか……ふむ」

今、赤司くんの頭のなかでは、私なんかじゃ追い付かないような高度の回転がなされていると思うと、やっぱりただ者じゃないなぁと感じる。しかしまぁ、玲央たちといい、赤司くんといい、このチームには天才ばかりだ。そんな人たちの思考回路を読み取るのはとても用意ではない。このことは、昨年玲央や小太郎、永吉できっちり経験済みである。寧ろストレートにぶつかるしかないことも学んだ。

「赤司くんてさ、」
「何だ?」
「お誕生日、ほしいものある?」

ぱちり、と彼が瞬きをしたのを、私はしかと目撃した。こんな風に反応するのは珍しい。仮にも彼は私と同じ人間なのでそういうリアクションも当たり前なのだけど、そうそうお目にかかることはないので貴重だ。

「……たまに、の言動には驚かされるよ」
「そう?」
「ああ」

赤司くんは一度目を伏せて、質問を小さな声で咀嚼した。

「誕生日、ね」

もう彼の誕生日まで一月を切った。毎年チームメイトの誕生日を祝うのは私のなかでは恒例だし、キャプテンとはいえ可愛い後輩を祝福してあげようと考えるのも、私のなかでは至極当然の流れだった。
だけど、目の前の彼はどうやら違うらしい。どこか遠い目をして、どこか冷めたような目をして、私の質問を繰り返した。彼にとってそれほど気にとめるようなイベントではないのだなと、私は心の片隅でそう感じた。
大人びてるなぁ。小太郎なんて一ヶ月前からあれがほしいこれがほしいって騒いで玲央に怒られていたっけ。

「特にない?」

それはそれでこちらが困るけれど、彼を見ていると、特に物欲などなさそうに思える。そう口にすると、赤司くんは一度頷きかけて、それから「いや」と言葉を続けた。

「一つ、頼みがある」
「……頼み?」

彼から依頼という類いの言葉を聞くのは、珍しかった。それが言葉通り、拒否の余地があるのかどうかは別として。いつもなら命令とかなのに。なんだろう。

「そろそろ慣れたようだし、呼んでもらえないかな。僕の名前も」
「……あ、」

入部した時から私の名前を臆することなく呼び続けていた赤司くん。私は最初慣れないからやめてくれと言ったのに、慣れろ、の一点張りだった。まぁ確かに玲央たちにも呼ばれていたから彼だけ拒否することもできなくて。だけど私が彼を呼び捨てにすることだけは出来ないと言えば、すんなりと引き下がってくれたのだ。

「征十郎」

まるで発音の練習のように、丁寧な発声で赤司くんは自身の名前を呟いた。暗黙に言えというプレッシャーが言葉を通して伝わってくるようだ。やっぱり頼みごとなんかじゃなかった。嫌と言う余地がない。

「征、十郎……くん」
「呼び捨てで構わないんだけどね」

付け足した敬称に、赤司くんはクスリと笑うとそう言った。彼の微笑みには中々の破壊力があるということに、本人は自覚があるのだろうか。何が壊れるかって、私の、心臓ですよ。
イケメン、なんて俗語で表現することになんだか罪悪感すら感じる。赤司くんは笑うと、ちょっとかっこいい、どころではない。普段の策士の笑みでもなく、見下した冷笑でもなく、多分、喜びの破顔。そんな彼の表情は、私をどきりとさせる。熱くなった胸のせいで、言葉が乾いてしまうほどに。

「やっぱり、慣れない」
「では慣れてくれ」
「無理」
「無理を言っても許されるだろう?僕の誕生日だ」

勝てない。弁論にしても何にしても私に勝ち目なんてないのだ。なんて出来のいい後輩が入ってきたことだろう。こんなの私の未来予想図にはなかった。

「私はもっと可愛い後輩が入ってくると思ってたのに」
「僕は可愛い先輩に出会えて満足してるよ」



ギフト

20th,December,2012
Happy birthday to Akashi!